『数学ガール』作者の結城浩です。 ご質問ありがとうございます。 まず、今回いただいたようなご質問と同じものは日本にいる先生方(中学、高校、大学の先生)からもいただいています。国が違っていても教師の立場にいる人が考えることは同じで、どうしたら生徒たちが数学に興味を持ち、面白さを知り、積極的に学んでくれるかということですね。 結城は大学の先生向けに講演をして、そのような話題について先生方とディスカッションをしたことがあります。それは『数学ガールの誕生』という書籍にまとまっています。残念ながら英語に翻訳はされていませんが。今回このメールでお答えする内容は、その本にも書かれていることの抜粋に近くなります。 『数学ガールの誕生』 http://www.hyuki.com/girl/birth.html (日本語) 0. What interests her is how effectively the book instills curiosity in the reader. She would like to know how the characters in the book came to like math so much they would ask their teacher for extra homework. Who does that in real life? If a teacher can get her students to that point, that is when she wins. 確かに『数学ガール』の登場人物はたいへん数学が好きで、自主的に学ぼうとしています。そして教師から問題をもらうことを心から喜んでいます。 現実世界でこのようなことが起きるかというと、私は起きると思っています。私自身も高校時代に多くの友人たちといっしょに数学を学び、互いに問題を出し合う楽しみを味わっていましたから。 そこで大事だと思っていることは、生徒が自由に数学を楽しめるような雰囲気です。まちがっても怒られたりしないこと。教科書に書かれていない方向に議論が進んでも無理矢理に引き戻さないこと。それでいながら、数学的な正しさはきちんと追求すること。教師がそのような態度で生徒に臨むことが大切ではないかと思います。 しかし、それを実現するためには教師がかなり深く数学の内容を理解していることが必要です。といって、生徒がやることのすべてを理解していなければならないというわけではありません。そうではなくて、適切なガイドとなることです。自分の知識を押しつけたり、これ以外の道は許さないと縛るのではない。生徒が「これはどうかな?」と思って進んだときに、その意味をよく理解し、いっしょに考えたり、適切な問いかけをしていっしょに数学を体験しようとする態度が大事だと思います。 『数学ガール』の物語では、先生はときどき問題をカードで出すだけで、実際の教師がちょくせつ教える様子は出てきません。しかし、ミルカさんや「僕」が教師の立場になって、友人と一緒に数学を体験している様子が描かれます。読者が魅力を感じるのはそのような自由でありながら真剣な数学を学ぶ「場」に対してなのです。「自分もこのような雰囲気の場所で、友人といっしょに学びたい」というあこがれは魅力の一つです。 1. Why did Mr. Yuki write Math Girls (content, genre choice, text and manga format)? What was his purpose? もともと結城がこの物語を書こうと思ったとき、本にしようとも、ましてやマンガの原作になるとも思っていませんでした。私は数学を含んだ、ちょっとした物語(Webで一ページにも満たない話)を書いてWebで公開しました。それは二人の高校生が一つの問題に向かう一シーンを描いたものです。 その一ページの物語に対して、日本のたくさんの読者が肯定的な反応を返してくれました。学ぶことに対する、そして仲間(異性)と共に学ぶ強いあこがれです。 私はそのような読者に対してもっと物語を提供したいと思いました。それが結果的に『数学ガール』という本という形になったのです。現在は「数学ガール」シリーズは五冊で「数学ガールの秘密ノート」シリーズは四冊刊行されています。こんなに大きな広がりになるとは私も思っていませんでした。 ということで、私の最初の考えとしては「こうしよう」という目的があったわけではありません。しかし、次第に「こんなにみんなが数学の物語を求めているのであれば、もっといい話を書き、数学の魅力を知ってもらいたい」と思う気持ちが強くなっています。そしてさらに「数学の魅力」だけではなく、もっと広く「学ぶことの魅力」も語りたいと願っています。 2. Who was his intended audience? Were there individuals or groups of individuals who surprised him with their interest in his book? Was he surprised by the popularity of his book both in Japan and abroad? Why or why not? 「高校生から大学生の数学に興味がある生徒・学生」というのがもっとも多い読者層だと思います。しかし、驚いたことに小学一年生の読者さんもいましたし、七十代の大学の先生も読者さんに含まれています。男性の読者も、女性の読者もいます。男性:女性の人数比は(正確にはわかりませんが)2:1か3:1くらいではないかと思います。 海外でも好評であることはとてもうれしいことです。でも数学は普遍的なものですから、大きな驚きはありません。もちろん翻訳してくれたトニーさんたちがすばらしい仕事をしてくれたということもあります。よく数学を理解して翻訳してくれていますから。 「数学を物語にすればいい」という単純な話ではないと思っています。数学と物語がばらばらではよくありません。登場する人たちがほんとうに数学を楽しみ、学ぶことを楽しむ様子をきちんと描く必要があります。そうでないと、中途半端な本になってしまい、結果的に読者は失望するでしょう。 3. What were the steps that writing and translating of this book involved? What technologies, materials, people did he find helpful as resources during the writing and translating process for this book? Why? 結城が日本で本を出版するときには、組版ソフトとしてLaTeXを使っています。これは数式を美しく組版するすばらしいソフトだからです。数学的な説明図はすべて結城が描いています。emathやTikZというLaTeXのパッケージを使ったり、VisioやOmniGraffleという描画ソフトを使ったりします。 翻訳の際にはLaTeXで書いたソースをトニーさんに渡し、それをベースに翻訳を行ってもらっています。結城は翻訳のプロセスにはほとんど関与していません。最終的にできあがったものを一読して、気になるところを何点か指摘するだけです。私と翻訳者のあいだでのやりとりはほとんどメールで行います。 正確で読みやすい文章を書くことは私の喜びです。読者が「なるほど!」という声を上げることは私の報酬です。結城は数式まじりの文章を書くための手引き書として『数学文章作法』という書籍も書いていますが、残念ながら英語には翻訳されていません。 『数学文章作法』 http://www.hyuki.com/mw/ (日本語) 繰り返しになりますが、ご質問いただきありがとうございます。 また『数学ガール』に興味を持っていただき感謝します。 数学のすばらしさが多くの人に伝わるといいですね。